HOME

 

日本の食料自給率

グローバル化による変化に伴う現状と課題

松永夏奈

 

 

1.はじめに

食料自給率は、私たちの食を考える上で非常に大きな課題である。国際化社会が進む中で私たちの食の在り方は大きく変化してきた。通りには他国の料理を出すレストランが立ち並び、食卓にカレー、ハンバーグ、スパゲッティなど他国発祥の料理が出されることもごく当たり前のこととなった。特に日本ではアメリカ型食生活の普及が顕著であり、マクドナルドを代表するファーストフードがその勢力を広げている。この食生活の変化が日本の農業に大きな打撃を与え、農業問題にまで発展、食料自給率の低下を招いている。

また、世界の食糧大国アメリカによる食糧戦略とそれに関わる多国籍アグリビジネスの存在、1993年に閉幕したガット・ウルグアイラウンドにおける農業交渉とそれをめぐるWTOの貿易体制もまた、日本の食料自給率を低下させる原因の一端を担っていると言えるだろう。

食料自給率の低下の原因はまだまだ多岐にわたるが、ここでは、そんなグローバル化に伴う日本の食、農業という二つの方向から、日本の食料自給率を考えていきたい。

 

2.食料自給率の現状

 日本の食料自給率の低さは、長い間問題にされてきたことである。具体的に「自給率」にはカロリー自給率と穀物自給率の2種類があるが、ここでは主にカロリー自給率を取り上げてみたい。カロリー自給率とは、供給される食料を品目ごとにカロリー計算して国内供給熱量を出し、そのうちの国内生産した食料のカロリーの割合を示したものだ。[I]つまり、この値が小さければ小さいほど国際的な食料の需給変動、輸出国の貿易政策などの影響を受けやすいということである。

日本におけるカロリー自給率の低下は著しいもので、60年代に79%あったものが2005年には40%へと落ち込んでいる。[II]よって日本は現在、食料の60%を他国に依存していることとなる。野菜、乳製品、肉類、果実などの多岐にわたる農産物において少ないもので10%、多いものでは40%もの低下がみられたことが原因の一つだ。また、穀物自給率が60年代から80年代までの20年間で40%もの落ち込みを見せていることも、カロリー自給率の低下の原因と考えられるだろう。[III]

では、そのことの何が問題なのか。先程も述べたように、自給率が低ければ低いほど、国際的な価格変動の影響を受けやすい。もし世界的な食料危機や輸入相手国の事情などにより食料輸入がストップした場合、国民の生活や経済活動に多大な影響を与えることは間違いないだろう。現在の世界情勢から見て、そのような事態は容易に想像できる。たとえば、温暖化による気候変動による生産量の激減、食料品の安全性問題の浮上、我が国に対する政治戦略、大規模テロや戦争の勃発など、挙げたらきりがない。また、我が国には非常時のための備蓄というものも存在するが、それらも一カ月強しかもたないと言われている。[IV]そのような面においても、自給率が低いということは大きなリスクを背負っているということなのだ。食料自給率を高めるということは、 我が国の政治、経済を安定させ、国際化社会の中で生き抜いていくということである。

 

3.WTOと自給率

では、どうしてここまで自給率が低下してしまったのか。まずは国際化の中における日本農業について考えてみたい。このとき触れておきたいのがGATT、WTOの存在である。

これまで何度も行われてきたGATTにおける貿易交渉は次第にその交渉範囲を広げ、関税交渉から多角的貿易交渉へと変化していった。そして、1986年〜93年に行われたガット・ウルグアイラウンドにおいて、ついにそれまでタブーとされてきた農業分野について触れられることになる。一律関税引き下げの風潮が強まりつつあったこのときに、まだ関税化も進んでいなかった農業交渉が行われたのは自然なことではあった。しかし、サービス業、知的財産権と並ぶ形で交渉が行われたことは、これら全ての分野において先陣をきっている米国の意図が見えなくもない。また、特にこのとき米国が国際貿易交渉に関して自由化を推し進めていた一方で、ECはEC内での農業保護を盛んに進めてきていた。両者の間では農業貿易に関する対立が存在し、そのことも、農業交渉が行われた原因の一つであると言えることができる。[V]

そしてこのときGATTに代わって発足したのがWTOである。WTOは国家主権を超える国際機関であり、加盟国に等しく適用される普遍主義的な性格を持っている。また、先進国を中心としてきたGATTと異なり、多くの途上国が参加していることも特徴の一つだ。[VI]まさに、経済のグローバリゼーションの産物である。

WTOの基本理念は「自由貿易」という言葉に尽きる。とにかく貿易の完全自由化を目指し、経済のグローバル化をさらに推し進めている。貿易が完全に自由化されてしまえば海外の安い輸入農産物が大量に流入してくることは容易に想像できる。安い輸入農産物が売れ、日本の農産物は売れなくなる一方である。そのうえ、「貿易を歪める」政策は批判の対象になるため、市場アクセス(輸入数量制限)や輸出補助金(過剰農産物輸出のために政府が出資する補助金)など、日本の行ってきた多くの農業保護政策が該当する。

また、すでにウルグアイラウンドにおいては日本農業のあらゆる非関税障壁が撤廃、関税化され、農業貿易完全自由化のハードルが下げられたと言える。このとき唯一関税化されなかったコメについてもミニマム・アクセス(MA、外国に求められた際に輸入しなければならない最低量)が適用され、最終的には99年には関税化が実施されている。現在コメについてはMA4〜8%と関税を同時並行で適用している状態である。[VII]

WTOのような国際機関が日本国内の政策を動かすという、グローバル化の一面がここにも垣間見られるだろう。日本は否応なしに迫られる自由化の動きに対し、従来からの「農業基本法」を改め、WTOにおいて基本となる農業協定に沿う形で自由化に対応できる「食料・農業・農村基本法」を施行した。[VIII]

かくして、WTO体制という国際規律のもとで貿易はますます自由化し、自給率の向上という日本の課題と大きく対立している。先程述べたように、日本の輸入量はほぼ強制的に増幅されつつあり、私たち国民が安い輸入農産物を食べる傾向はさらに強くなるだろう。これでは食料自給率の改善が一向にうまくいかないのは当たり前だ。

 

4.アグリビジネス、外食産業

次に、食から見たグローバル化を考えてみたい。食料自給率の低下の原因として代表的なものはやはり、日本の食文化の変化である。主食は米からパンへシフトし、肉類の消費は多くなった。また、多くの脂分を摂取するようにもなった。これは、70年代以降、日本の食がグローバル化の影響を大きく受け、急激にアメリカ型へ変化していったことに関係している。具体的に米国型食生活の特徴といえば、カロリー単価の高い食品の摂取、加工食品、調理食品の利用、外食比率の高さである。[IX]このうち、カロリー単価の高い食品の摂取は前述でみたように、WTO体制のもと多くの輸入品が入り込んできたことに原因をもつ。では、あとの二つはどのような原因のもとに起きたのだろうか。

 ここで考えたいのは、多国籍アグリビジネスの存在だ。72年に世界的食糧危機が顕在化したことを契機として、農産物を世界的規模で大量買い付け、販売する企業が現れた。これがアグリビジネスである。60年代、米国の輸出シェアは拡大傾向にあったが、この食糧危機や農業不況に影響もあって80年代には大幅に縮小していた。そこで、この不況を乗り切るべく、企業は買収、合併(以下M&A)を繰り返して少数巨大企業化し、海外に子会社を持ち始めた。これが多国籍アグリビジネスと呼ばれるものである。[X]この中でも特に米国系大手アグリビジネスが農産物、穀物ビジネスの業績悪化を打開するために行った二つの市場戦略は、私たちの生活に米国型食生活ないしはファーストフード、チェーンレストランを代表とする外食産業を普及させる原因として大きく影響した。ひとつはM&Aを利用した経営の国際的多角化戦略、そしてもうひとつは米国産農産物への依存を減らす、輸出拠点もしくは生産拠点の多元化戦略である。

 まず、前者について。国際的多角化とは、M&Aによって多くの子会社を持った大手アグリビジネスが加工食品等の生産工程をすべて自社内で行うことを指す。[XI]つまり、その生産工程での利潤を効率よく回収することができるのだ。多角化によって急成長したアグリビジネスはその影響力を増し、加工食品や飲料の貿易もそれに伴って増大した。このことが加工食品や外食産業のさらなる輸入を促したものと思われる。

 次に、輸出拠点、生産拠点の多元化とは、米国系大手アグリビジネスが現地の低賃金労働力を雇用し、米国の食品を作らせて市場を独占、生産させた食品をその国で消費させることである。すなわち現地生産・現地消費という考えだ。[XII]このことが、食生活を国際標準化、つまり米国化させることの原因の一つだと言える。日本などはいい例であり、71年にマクドナルドが上陸すると瞬く間に普及し、30年の間に日本国内で約4300億円の売り上げをあげるようになった。[XIII]もちろんもともと日本にも外食店は存在し、その始まりは江戸時代に遡るという。しかし、これら従来から存在した日本の飲食店とアメリカから参入してきた外食産業との決定的な違いは、「チェーン展開」という概念の有無であった。日本の飲食店が個人経営として存在していたのに対し、アメリカからの外食産業は参入してくる当初からチェーン展開を予定していた。それが日本で当たり、米国の外国産業は、チェーン展開という武器を使いながらあっという間に食文化を変化させるまでに成長したのである。[XIV]

また、外食産業がこれほどまでに普及したのにはもう一つのわけがある。それは、近年社会現象にもなった、低価格化の風潮である。マクドナルド、ガスト、ミスタードーナツなどを代表する多くのファーストフード店、チェーン店において値下げが頻繁に行われているのは現在もよく見られる光景だ。このことが利用者層の拡大につながり、全体を通してみるとさらに外食産業への依存が高まらせている。[XV]

多くの人が外食産業に依存している現状では、食料自給率が高まることなど考えられない。初めに述べたように、食料自給率の低下は穀物自給率の低下に大きく依存している。外食産業に依存して米の消費が低下している今、自給率の低下は当然のことであろう。

 

5.まとめ

 ここまでみてきたように、食料自給率はグローバル化の影響を受けて大きく低下してきた。初めに述べたように、自給率の向上が我が国の安定成長に大きく影響することは間違いない。それでは、どうすればこの状況を打開できるのであろうか。

 日本は自由化する農業貿易の流れの中で、ひたすらに国内経済に大きな影響を与えないような抵抗を行っている。しかも自国の利害関係のみを主張するにとどまり、WTOの、「他国との交渉」の場をうまく利用できていない。その上、それにも関らず自由化をほぼ押し切られてしまっているのが現状だ。自給率が一向に改善に向かわないのは、このような日本の姿勢に幾分か問題があるのではないか。むしろ、自由化の流れを受け入れつつ、自給率の向上という点にこだわることなく日本農業の保護という観点から交渉を進めること必要なのだと思う。

 また、食のグローバル化については、いまやファーストフードないし外食産業は私たちの生活になくてはならないものとなっている。これは前に述べた多国籍アグリビジネスという原因もあるが、ここまで普及した以上は、国民の意識を変える必要がある。たとえば、ファーストフード店で出す食べ物には消費税にさらに税を上乗せする、低価格化競争に歯止めをかけるべく値段の最低ラインを設定する、などのなんらかの対策を考えるべきだ。しかし、何を持ってファーストフードを定義するのか、品物によって相場が違う中どのような基準でラインを設定するのかなど、まだまだ問題は残るため、さらなる考察が必要になってくるだろう。

 

 

参考文献

伊藤元重『日本の食糧問題を考える』2002 NTT出版株式会社

井野隆一・田代洋一著『農業問題入門』1992 大月書房

エリック・シュローサー『ファストフードが世界を食いつくす』2001 草思社

小野誠志『国際化時代における日本農業の展開方向』1996 筑波書房

小林弘明『WTO、FTAと日本農業:政策評価分析による接近』2005 青山社

佐藤昂『いつからファーストフードを食べてきたか』2003 日経BP社

島崎治道『食料自給率100%を目指さない国に未来はない』2009 集英社新書

田代洋一『食料自給率を考える』2009 筑波書房

田代洋一『新版 農業問題入門』2003 大月書店

中嶋信・神田健策『21世紀 食料・農業市場の展望』2001 筑波書房

中野一新・杉山道雄 編『グローバリゼーションと国際農業市場』2001 筑波書房

 

 



[I] 田代洋一著、『新版 農業問題入門』、p141

[II] 田代洋一著、『食料自給率を考える』、p9

[III] 田代洋一著、『新版 農業問題入門』、p142

[IV] 島崎治道著、『食料自給率100%を目指さない国に未来はない』、p24

[V] 千葉典著、『グローバリゼーションと国際農業市場』第2章、p55

[VI] 田代洋一著、『食料自給率を考える』、P29

[VII] 千葉典著、『グローバリゼーションと国際農業市場』第2章、p5859

[VIII] 田代洋一著『新版 農業問題入門』P118121

[IX] 木立真直著、『グローバリゼーションと国際農業市場』 7章、p184

[X] 井野隆一・田代洋一著『農業問題入門』P246250

[XI] 中野一新著、『グローバリゼーションと国際農業市場』 1章、p2934

[XII] 中野一新著、『グローバリゼーションと国際農業市場』 1章、P2126

[XIII] 伊藤元重著『日本の食料問題を考える』、p259

[XIV] 伊藤元重著、『日本の食料問題を考える』、p241

[XV] 伊藤元重著、『日本の食料問題を考える』、p251256